December 02, 2010

サカイ引越センターの悪行

中古マンションを購入し、母子で同居する事にした。今までは諸事情で別居していたのだ。
そこで利用したのが問題の「サカイ引越センター」である。堺市民でもある事だし贔屓にしていた。

今回母の洗濯機を移動して貰った。洗濯機を設置場所にポンと置いただけで帰りやがった。
こちらはちゃんとセットしている物と思って洗濯機を使う。すると排水が駄々漏れになった。床は洪水である。
排水パイプをちゃんと配水管に接続していなかったのである。
クレームの電話をするとその時はスミマセンと謝罪。担当者に連絡します、で一旦終了。
担当者から電話が来ると態度が変わる。見積もり時の担当者である。
洗濯機の設置は運送担当はしません。別途電気工事部の者がします。そう説明したというのだ。
母に聞くと聞いていないと言う。言った言わないの押し問答。これでは埒があかない。
本当は言わなかったのか、母が理解出来ない言い方をしたのかのどちらかである。
サカイ引越センターの段ボールには「マイスタークオリティー」と書いてある。全くのマイスター失格である。
79歳の老人にもきちんと理解出来るようにして見積もりするのがマイスターとしての心遣いである。
それを怠った。追加料金を払う払わないの問題だ。
それで金は払うから、この悪行をブログに書いて全世界に広めて良いか確認した。「どうぞ」と答えた。
それでこうして贔屓にしていた引越業者「サカイ引越センター」の不手際を公開しているのだ。

サカイ引越センターは信用できないことが良く分かった。
私はもう引越の予定はないから利用する事もない。読者には利用を拒否して貰いたい。

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October 10, 2006

やっちまった核実験

朝鮮民主主義人民共和国が核実験を行ったと公表した。
これがハッタリでないとすれば、また一つ核保有国が増えたことになる。
確かに、先進的な核保有国(国連の常任理事国諸国のような)は国際的にも発言力が大きい。その背景に核兵器の保有があるのは確かだが、それだけで国際的発言力が大きいわけではない。すなわち、今回朝鮮民主主義人民共和国が核保有国になったことで国際的発言力が増したわけではないのである。むしろ諸外国に嫌悪感を持たれ、あるいは既にあった嫌悪感を増長させる事になる。発言力は弱まったかも知れない。そこに大きな誤解があるようだ。
そもそも軍事力増大で国際的発言力が増大すること自体がおかしい。国会で元プロレスラーやプロボクサーをたくさん抱える政党が有利って訳じゃないように、平和な国際関係を構築しようって考えて居るんだったら軍事力は出来る限り少ない方が良い。どこの民主主義国家の国会(もしくはそれにあたるモノ)でもそうであるように、武力で自分の考えを通そうなんて考えて欲しくない。朝鮮民主主義人民共和国とこの文章で用いているのはその名の通り、ちゃんとした民主主義国家であって欲しいからだ。現実にはキム王朝政権の軍事独裁になっているのはとても残念なことである。
では、どうなるのが理想的なんだろう。キム王朝独裁軍事政権が倒れ、その名の示す通り朝鮮民主主義人民共和国が建国されることではないだろうか。当面は周辺各国の支援が必要になるだろうが、それくらいの負担は払っても有り余るモノがあるのではないだろうか。金正日や政府、軍部幹部は優雅な軟禁生活を送って一生この世からは隔絶するって案は通らないモノだろうか。

参考ブログ
こちら
こちら
こちら
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July 04, 2006

7月4日アメリカ合衆国独立記念日に

7月4日はアメリカ合衆国の独立記念日である。一応公式には植民地の最高議決機関である大陸会議で独立宣言が採択され、議長が署名したのを記念する日って事らしい。
多くの植民地はその後現地人の元に返されている。アメリカ合衆国はそもそもが植民地なのだが、それがない。つまりこの独立宣言は「我々が血を流して武力で奪い取ったこの地は現地民には返さないよ」って宣言したって事なのだ。それが独立宣言なのだ。お祝いなんてとんでもない日のように思える。
そのアメリカ合衆国が今では武力であるいは経済力で全世界を植民地化しようとしている。由々しき事態である。しかし、そのアメリカ合衆国もその内部はボロボロ、癌に冒されたような状態だ。このまま没落していく気がしてならないが、その後の世界はどうなるんだろうか。
どこかの国が全世界を実質支配する。そんな世の中にはなって欲しくない。微妙なバランスを持って、一時的にどこかに傾いてもまたゆれ戻す。そんな世界になって欲しいなと思う。「世界を一つに」って言葉があるがあれはどっかの国が全世界を支配するって事だから良いとは思わない。良い意味での混沌の世界こそ理想の姿なのかも知れない。

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June 06, 2006

阪神-村上戦予想外の結末

阪神株とは関係ない理由ながら村上世彰氏が逮捕されたのはいささか驚いた。
インサイダー取引、聞いちゃったのに買っちゃった、あんたの負けだ。
それが元で阪神株を手放して阪急のTOBに応じるようである。少し安堵。
そうなれば阪急に言いたい。阪神ブランドを消滅させるなと。
経営統合で根っこは同じでも阪急と阪神ではブランドカラーが全く違う。どっちが良い悪いの問題ではなく、どっちも今のまま残して欲しい。阪神タイガースが優勝した時の記念セールに阪急百貨店が便乗するくらいのことは許そう。まぁそんなに頻繁にある事じゃないんだから。せいぜいが年1回だ(笑)。
どちらかというと阪急はオシャレで阪神は庶民的だ。上手くやればどっちの志向の人も取り込めるわけだからそこの所上手くやって欲しい。
遠回しに言ってるが早い話、阪神タイガースは阪神タイガースのままで、上場もせずに(上場すると悪意の第三者に乗っ取られる恐れがある)今のままやって欲しいって訳だ。
村上氏は東京地検特捜部に逮捕されたわけだが、東京地検にも阪神ファンが居て怒らせたのも要因にあるのかも知れない。
阪神ファン怒らせたら恐いでぇ~(笑)

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May 30, 2006

村上ファンドには阪神から手を引いて欲しい

阪急が阪神電鉄株のTOBを開始した。村上ファンドには是非応じて欲しい。
村上ファンドは阪神の経営をどうしようと言うのだろうか。彼らは短期的な利益を上げることには長けているのだろうが、地域の経済的文化的発展、鉄道利用者の安全快適な旅客サービスの提供を100年も出来るとは思えない。
とりあえず利益を得て自分の顧客に還元するのがファンド会社の目的だからだ。社会インフラ、公益会社と言うべき会社の経営に手を出すべきではない。利益重視鉄道運営で死者が出たらどうする。
慣れないことをするべきではない。5~10年の利益を考える会社と100年の利益を考える会社は住む世界が違うのだ。さっさとTOBに応じて株を手放してしまった方が良い。
このままだと村上ファンドに限らずファンド会社=悪の公式が一般市民に染みついてしまう。これは本意ではないだろう。
会社のイメージのためにもスッキリとした解決を諮って欲しいものである。

阪神ファンは恐いでぇ~集団になったら何するか分からへんから村上はん気ぃつけや(笑)

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May 15, 2005

安全性をどこまで求められるのか

福知山線脱線事故が発端となりJR西日本の過度の定刻運行体制が問題になっている。定刻運行を過度に求めるあまり、安全性が脅かされているというわけだ。しかし、安全性ってどう計ればいいのだろう。定期的に安全性がどれくらいなのか評価されて発表れているわけではない。人身事故などほとんど起こっていないわけだから、JR発足以来ずっと「安全性は、ほぼ100%」なのだ。「正確に言えば99.9999%」なのか「正確に言えば99.9998%」なのか、それ以上なのか以下なのか、判らない、「ほぼ100%」なのだ。
でも、100%ではないのだから、いつかは事故は起きる。その事故が起こった時に、「安全性軽視」だの「利益優先」だの、事故を起こした側の安全対策が皆無であるかのように、ただ罵詈雑言を浴びせるのはいかがなものか。JR西日本も与えられた条件の中で最大限の安全対策を行ってきたのだ。

ただ、「もっと安全性を高めるにはどうしたらよいか」というのはJR西日本も利用者もマスコミも研究者も考えてしかるべきだろう。

「過度の定刻運行」が原因ならば、利用者はそれを求めないようにするべきだ。
2分遅れのために予定していた新快速に乗れず、結果的に目的地到着が20分遅れるような事もあるだろう。そう言う事が月に4~5回遭っても「まぁ良いかぁ~」で済まさなくてはならない。
無理のないダイヤへの改正で15分かかっていた区間が20分かかるようになるかも知れない。それも「まぁ良いかぁ~」で済まさなくてはならない。
また、安全装置が不足しているのなら、運賃が高くなるのも許容しなくてはならない。

問題は、その程度だ。99.9998%の安全性を99.9999%にするために、どれくらい不便を我慢するか、コスト高を許容するかの問題。我慢と許容は実感出来るが安全性の向上は実感出来ない。20年に1回の大事故が50年に1回になったとしても「安全性が向上したなぁ~」なんて認識はあまり出来ない。そんなよく分からないもののために、どれだけの不便とコスト高を許容出来るかが問題なのだ。これはJR西日本ではなく、我々利用者、日本社会に突きつけられた問題なのだ。


BSE問題では食肉の安全性が問われている。USAは日本が行っている全頭検査を頑なに拒否している。一部の食肉業者は全頭検査を行って日本に輸出したがっているがUSA政府はそれを却下している。現政権の政治的な思惑が背景にあると思われる。USAの極一部の人達の利益のために、我々の(日本人ばかりではないUSA自国民も)生命が脅かされている。由々しき事態だ。

BSEの原因についてはよく分かっていない。「生後20ヶ月未満の若い牛は安全だ」と言うが非科学的主張だ。現時点で「生後20ヶ月未満の牛から感染牛が発見されていない」だけで、「生後20ヶ月未満なら発生し得ない」科学的根拠はどこにもない。現時点で「地球外に生命がいると確認されていない」が、それが「地球外に生命がいない」と言う理由にならないのと同じだ。また「危険部位さえ除けば大丈夫」と言うがその根拠もよく分かっていない。「雑な作業で綺麗に除けない」という話も聞く。なるほど、丁寧な作業で解体に1頭当たり1日も掛けるわけに行かない。ちょっと現実的とは思えない。

一方全頭検査は、その分時間もコストもかかっているが、現に日本で実施している。実現可能な事なのだ。コスト高も許容の範囲内なのだ。日本では実施し続けて欲しいし、USAにも求めてもらいたい。問題発生していないから誰も言わないが、オーストラリア産の肉牛にも実施し欲しい。原因がよく分かっていないのだから、「オーストラリア産は100%大丈夫」なんて言えない。産地がどこだろうと関係がない。実現可能な最大限の安全対策は現時点では全頭検査だ。99.9998%の安全性を99.9999%にする程度の事だろうが、実現可能のだから是非実施して欲しい。政治的配慮で検査停止なんて事の無いように。感染者が出て「人死んでんねんでぇ~」って罵声が飛び交う会見を見たくはない。


鉄道にしろ食肉にしろ、実現可能な安全対策は実施して欲しい。そのためには我々消費者はある程度の不便とコストを許容しなくてはならない。そして、安全性は100%で無いって事を理解しておきたい。

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April 23, 2005

靖国神社参拝について

「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の国会議員80人が22日午前、靖国神社に参拝した。
反日デモ騒動など、日中でもめている時にその要因の一つである靖国参拝を実行するだなんて、何を考えているんだろう。過去に日本が侵略した国々をなめているのか?選挙での得票を気にしての行動だと思うが、彼らの自己中心的行動によって日本人が東アジアの人々から嫌悪の目で見られる事になる。これは国益に大いに反する行為であると認識出来ないのだろうか。選挙以外にもそれなりの想いがあるんだろうが自重してもらいたい。

さて、靖国神社参拝が何故問題視されるのだろうか。よく言われる理由が「A級戦犯合祀」である。侵略された人々にとって、その主犯者が神として讃えられているのだから穏やかであろうハズがない。靖国神社に祀る対象は、日本を守るために戦争で命を落とした人々って事になっている。A級戦犯が行った事は侵略であって日本を守る事では決してない。侵略は悪であり防衛は認められる。A級戦犯を祀れば彼らのの行為は防衛であり、讃えられる事であるかのようになってしまう。極一部だろうが本気でそう思っている人々もいる。侵略された人々にとっては侵略戦争を正当化する行為で認められない事だ。日本人には死者の生前の罪を問わないって考えがあるらしいが、無神論者の私には理解しかねる感覚だ。どれほどの日本人が「死者の生前の罪を問わない」って感覚を持っているんだろう。例えば、地下鉄サリン事件を起こして死刑になるであろうオウム真理教の幹部たちがその死後神として祀られたとしたら平静でいられるだろうか。私は大部分の日本人が激怒すると思う。

次に、あまり語られないが、宗教としての靖国神社だ。大日本帝国の頃は国教であった。その宗教を精神的支柱にして侵略行為が行われてきた。死んだら神として祀られるんだから死を怖れず命をかけて戦え!そう言われてそうだと信じて多くの日本人や朝鮮人は死んで行ったし侵略された方は殺されて行った。殺された方が靖国神社に嫌悪感を抱いても当然である。その靖国神社は現存し、日本政府は交流をしているように見える。「私人として参拝した」と言っているのなら交流を否定出来るだろうが、「公人としての立場で参拝した」とするなら交流を肯定する事になる。靖国神社と日本政府が結びつくと「また侵略戦争を始めるのでは」と危惧されるのは仕方ないだろう。「そんな事は杞憂に過ぎない」と日本人の私は思うが、彼らはそういう目で見ているのだ。
日本人がオウム真理教に向ける目と同じような目を東アジアの人々は靖国神社に向けていると思った方が良い。

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April 20, 2005

共通の歴史認識を考えてみよう

中国政府は日本政府の持つ歴史認識が気にくわないらしい。中国ではどのような歴史認識を持ち、それをどのように教えているのか気になるところだ。中国の自称「正しい歴史認識」はどのようなものなのだろう。

日本が中国大陸で行った事の大部分は中国人に苦痛を与えた。そのことは間違いない。しかし、その苦痛の中国人側の要因として中華思想がないのだろうか。世界の中心に住む我々中国人が東夷と蔑んできた日本人ごときに侵略される。あろう事かその日本人は優秀な大和民族と自称して中国人を侮辱する。中国人の自尊心は著しく傷つけられた。そう言う一面が無いのだろうか。私にはあるように思える。

日本は戦争で中国を含む連合国に負けた。しかし、その後日本は経済的に急成長を遂げ、中国は急成長の兆しはあるものの日本に大きく差を付けられている。中国人の自尊心は傷つけられたままだ。そして21世紀になって日本は国連の安全保障理事会の常任理事国すなわち戦勝国クラブに入りたがっている。中国が日本より優位と感じられるモノがまた一つ失われてしまう。中国人の自尊心はまた傷つけられた。そんな一面があるように私には思える。

日本人と中国人は互いに相手を蔑視している部分がある。言葉にしなくても態度に出さなくても、隠していても、どこかにそう言う思いがある。悲しむべき事だ。もちろん私も例外ではない。だが蔑視する気持ちが払拭出来ないにしても、相手を敬う気持ちも共存させたいものだ。

閑話休題。
中国政府の歴史認識である。問題になっている部分に限定すれば、日本が中国を侵略してから敗戦でそれを終了させるまでの歴史だ。中国にすれば「抗日」の歴史である。ズバリ中国共産党の輝かしい歴史である。その後日本に差を付けられた、今一ええとこのない中国共産党の輝かしい歴史である。強調したくなるのは当然の事だ。そんな事とは無縁の日本政府の歴史認識と違って当然だ。日本政府の歴史認識は右傾化しているように思えるが、たとえ客観的事実から成る公正な歴史認識が実現したとしても中国政府は不満だろう。

中国には正史というモノがある。前王朝の歴史を後の王朝(政権)が公式に書き記すのだ。出来るだけ偏らないように充分な時間をおいて編纂を始める事になっている。対象となる時代がホットなうちは書かないのだ。清王朝が滅亡して90年以上になるがまだ編纂中だ。その後の日本の中国侵略史、中国共産党の抗日史、まだまだホットな歴史だ。今の王朝じゃない政権が倒れてから100年経ったら「そろそろ」と言うところだろうか。それくらいしないと正しい歴史認識なんて出来ないものなのだ。

しかし、正しくなくても歴史認識しないわけにいかない。それぞれの国でそれぞれの歴史認識があるのは当然だ。大いに主張すれば良い。議論すれば良い。場合によれば相手を非難しても構わない。しかし、相手が主張する行為は認めよう。一つの見解として尊重しよう。そして決して排除してはならない。


今回はここを参考にしました。

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April 11, 2005

反日デモブーム

中国や韓国で反日デモが行われている。極一部だろうがかなり熱くなって日章旗や小泉総理の写真を焼いたりしている。中国や韓国に限らず日本もアメリカも、言ってしまえば地球上の大抵の人が程度の差こそあれ不平や不満、憤りを抱えて生きている。何か憂さを晴らす相手はないものか?と思っている。そんな時に「あいつらは悪者だぁ~」と叩ける相手が見つかると寄って集って叩く事になる。つまり今の日本だ。実際に暴力は振るわないが、デモ行進して罵詈雑言を浴びせる。ちょっとエスカレートして投石したり日章旗を焼いたりする。反日感情も嘘ではないが、この機に仕事の不満も妻や夫への不満も政府への不満も、今まで吐き出せなかったモノを一気に吐き出しているのだろう。いくら悪口を叫ぼうと石を投げようと咎められる事はないのだ。この千載一遇のチャンスを逃す手はない。別に中国人や韓国人でなくても、そんな状況なら日頃の鬱憤を晴らしたくなるモノだ。だから、もはやブームの感すらある反日デモは割り引いて見るべきだと思う。まぁ一種のガス抜きと考えれば、あの程度は許容の範囲内ではないか。許容の範囲を超えない事を願うばかりだ。

さて、その彼らの主張。尖閣諸島や竹島の領有権問題を日本の侵略と結びつけて怒っているようだ。「それは別問題だろう」と思う。日本が尖閣諸島や竹島を足がかりに新たな侵略を始めるとは思えない。日本も中国も韓国も本当は経済水域争いをしているのだ。「経済水域を仲良く半分こ」って話もあるのだろうが、「俺たちのモノなのに・・・・」って思いが三国共にあって上手く調整が出来ないのだ。断固として領有権の主張は譲れない。その主張を通すためには過去の日本の侵略でも何でも持ち出すんだろう。

その元になったと思われる教科書問題。「尖閣諸島や竹島に領有権問題がある」との記述を、「これらの島の領有権は日本にある」との記述に変えさせたらしい。「それは違うだろう」と思う。政府が主張しているのは確かだが、それが正解として教科書に記述するのはおかしい。「領有権の主張で対立している」と言う客観的事実を記述するべきなのだ。政府の見解が全て正しいだなんて言論の自由を侵しかねない話だ。日本の教科書は国定教科書ではないのだから政府見解を真実かのように記述してはならない。

さて、もう一方の問題の元、愛国教育。愛国心と言えば「愛」って字が付いていて綺麗だが、他国を憎む事になりやすい。今回の反日デモも愛国心がその背景にある。自国の領土が侵されると思うと、それまで持っていた愛国心が揺り動かされ、相手国への怒り、憎しみとなってしまったのだ。日本だって愛国心を育てようとして、教科書を書き換えてきた。都知事も君が代斉唱を強要してきたのだ。自国を愛する素朴な気持ちは誰にも咎められるモノではない。しかし、それと表裏一体に生まれる他国への憎しみ、蔑視、嘲り、そう言った事が問題なのだ。「愛憎」この二つを切り離す事は出来ない。そのことを良く理解して愛国心を育まないと、徒に他国との対立ばかりを生みだすことになるだろう。かといって愛国心がないとバラバラに雲散霧消してしまう。難しいところだ。

そうそう、彼らの主張はもう一つあった。「日本の国際連合安全保障理事会常任理事国入り反対」だ。
この件についてはまた別の機会に。(だって長すぎるもの)

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