May 16, 2005

ココフラッシュのカテゴリーテスト

この記事のカテゴリーは「マスコミ批評」にしているが、これはカテゴリー登録のテストであり、内容は「マスコミ批評」ではない。お断りをしておく。

先日SOBAさんから「マスコミ批評のカテゴリーを作りましょう」との提案を受けた。「マスコミじゃなくてジャーナリズムだろう」と思ったが、一連の報道番組を見ていて「こりゃ娯楽番組だ、ジャーナリズムってモンじゃないな」と思うようになり、提案に賛同する事にした。

「マスコミ批評」のカテゴリーを作ってみると、同じように賛同して「マスコミ批評」のカテゴリーを作った諸氏が気になる。程なくココフラッシュのユーザカテゴリーに「マスコミ批評」も登場するようになったが、私の記事が掲載されていないではないか。おかしい。字の間違いなどあれこれ確認してみたが判らない。
「マスコミ批評」の提案者SOBAさんも同じような疑問を持っている。

こんな時は@niftyに問い合わせるのが一番確実!って事で問い合わせてみた。そして回答があった。

それによると、記事投稿時にカテゴリーを複数選択すると一番先頭だけがココフラッシュ掲載対象になる仕様なのだそうだ。私の場合、ニュースとマスコミ批評の二つを選択したものだからニュースで掲載されてマスコミ批評では掲載されなかったわけだ。

こんな仕様にしている理由の説明があった。
・異なるカテゴリ同士で記事の重複がないことが読む側の利便性が高い。
・可能性は低いですが何十ものカテゴリを選択して、カテゴリ別新着一覧を独占するような spam の防止。
前者は異論があるが後者は判らなくもない。しかし、一番先頭と言ってもその順序を指定出来ない。これは仕様の不備であるが、@niftyの説明は、いずれ改善したいとの事であった。

そんなわけで、この記事のカテゴリーを「マスコミ批評」一つにしてみる。

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May 10, 2005

いつになったらJR西日本叩きは終わるのか

マスコミ叩きも疲れたので、とりあえず一区切りをつけたい。
マスコミはいつになったら「正義の鉄槌を下す」と言わんバカりのJR西日本叩きを終えるのだろうか。

1.視聴者・読者に飽きられた時
2.他に大きな事件が発生した時
3.JR西日本に自殺者が出た時
4.マスコミから恐喝犯が出た時

1が望ましい。明日にでもそうなって欲しい。
2は望みはしないが、いずれは起こるものだ。「ジャイアンツの50連敗」とかなら、ある意味喜劇で良いんだけれど。
3と4は最悪だな。そんな事になる前に、自主的に止めるって気は無いのかぁ~。
私のマスコミ叩きはひとまず終了。マスコミさんよ、再発する気にさせるなよ。

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May 08, 2005

何故のJR西日本叩きか

JR西日本叩きが止まらない。確かに事故を起こした事自体はJR西日本が悪い。原因は未だ究明されていないが、複数原因の何割かはJR西日本にある事は間違いない。しかしながら、当日のJR西日本社員の行動を何でもかんでも非難するのは正しくない。
当日、休日になっていた社員でボーリング大会が行われていた事が非難されている。参加者も事故発生を知っていたと言うが、どれほど知っていたのかを考慮しない非難になっている。数年に1回ある脱線事故程度しか認識したいなかったと思われる。参加していた区長の携帯電話に事故の続報が入っていたようで、それを注意していなかったのは文字通り不注意である。しかし、情報が入っていない状況での判断=ボーリング大会の実施を非難するのは酷である。「『知らなかった』では済まされない」と言うが、ボーリング大会で何人の方が亡くなられたというのか?「知らなかった」で免罪して良い範疇だと思う。
その他、ゴルフや宴会を行っていたと非難する放送が多いが、普通の社会人が行う普通の事ではないか、それほど非難するには当たらないだろう。事故現場を見物に訪れる人もいるという。そう言うバカは非難されない。
JR西日本社員の中には事故以降結婚式を予定している人もいるだろう。そして、結婚式を自粛した人もいるのではないか?結婚式決行したら罵倒される事になるからだ。こうなれば人権侵害である。

さて、人権侵害とも思えるJR西日本叩きは何故行われているのだろう。

第1に考えられるのが、視聴率、購読数を上げるためだろう。マスコミもごく普通の企業と同じ利益重視なのだ。利益重視が悪いとは思わないが、マスコミがJR西日本を利益重視だと非難するのなら、「目くそ鼻くそを笑う」である。マスコミが利益重視で視聴率、購読数アップを目指すのは当然であるが、その手段として人権侵害になるような手法を用いるのは止めてもらいたい。もっと節度を持って欲しい。節度を失い、逆にマスコミ叩きの世論が出来てしまうと報道の自由が失われ、本当に必要なマスコミの社会的使命が果たせなくなってしまう。

第2に考えられるのが、マスコミ叩き防止だろう。被害者感情からすればJR西日本憎しであり、大衆はそれに同情している。そんな時に、現場にいた運転手二人やボーリング参加者を擁護する意見を取り上げると大きな反感を喰らう。クレームの電話ジャンジャンになってしまうことが予想される。いくらJR西日本を非難する発言、擁護する発言を並べて公平になるようにしてもJR憎しの目からは「JRとグルになっている」様に見えてしまう。問題は起こしたくない、避けたい。とりあえずJR西日本を叩く側に付いておけばマスコミが叩かれる事はないだろう。そんな姑息な判断が行われたのではないか。放送禁止用語も放送禁止歌も所謂クレームの嵐に巻き込まれたくないから設定されたものだ。問題の発生を避けるために設定されたものだ。そう言ったマスコミの体質が今回も現れたように思える。

とりあえず2つ挙げてみたが、他にもあるかも知れない。ともかく脱線事故原因と同様にJR西日本叩きの理由も一つではない。もっと広い視野で捉えないと見逃してしまうのだろう。

マスコミのJR西日本叩きはとても不快に感じるが、マスコミの体質もJR西日本の体質も我々の体質も共通の部分が多く、それが今回の事故、騒動の要因になっている。そのことを意識しておかないと、明日は自分が加害者になっているかも知れない。

ブロガー叩きが起こりません様に(笑)

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May 04, 2005

JR運転手二人の選択

JR福知山線脱線事故の快速電車に通勤途中の同社運転手が乗っていたが、彼らは救助活動をしないまま出勤し業務に就いていた事が明らかになった。マスコミはまたもバッシングしているようだが、サラリーマンの感覚では当然の行動だと思う。(参考1)彼らは電車運転のプロでありレスキュー隊ではない。何が出来るというのか?事故現場近くの住民が救助に協力したと言うが、ペットボトルの水やタオルを提供したり負傷者運搬のために乗用車やトラックを提供したのであって、レスキュー隊員が行うような破壊された車両に入っての救命活動ではなかっただろう。素人がヘタに救命活動なんてするものではない。ヘタに現場をうろちょろするべきではないのだ。(参考2)

運転手二人にはペットボトルの水も乗用車も提供する術はない。車外に出た軽傷者の手当ぐらいは出来ただろうが、それは他の人にでも出来る事だ。彼らには彼らにしかできないことがある。もし彼らが現場に残って出勤しないと、彼らが運転するはずの列車が動かなくなるのだ。事故でダイヤがグチャグチャなのに運転手がいなくなると更に混乱が長引く事は容易に想像出来る。彼らは1分でも早い列車の正常運行に努めたのであるから、非難するには当たらないと思う。

報道では、運転手の一人は勤務先に連絡をいれたがもう一人はいれなかったという。どうもこの辺りは胡散臭いモノを感じる。「連絡は無かった事にしてくれ」なんてやりとりがあったのではと疑ってしまうのだ。
いずれにしても彼らは出勤し、業務に就いている。現場に残らなかった非難に対して「大きな事故だったので気が動転していた」と答えたようだが、ならばその精神状態で列車を安全に運行出来たのか疑問に感じるのだ。実際に事故無く運行出来ているようだから動転していたというのは疑問がある。二人とも勤務先に連絡をいれたが、「直ちに出勤して業務に就くように」と指示されたのではないか。列車運行の責任者の立場ではそれが正しい判断だろう。JR西日本バッシングの中、たまらず労働者に悪役を押しつけて様な気がしてならない。

しかし、列車運行の責任者も大きなミスを犯している。勤務先の事務所では正常の精神状態に見えても列車を運転するとどうなるか分からない。地獄の惨状が思い浮かんでまともに運転出来ないかも知れない。事故を起こした運転の状況を一番的確に想像出来たのは彼らだろう。地獄の惨状を仕事中に思い浮かべやすいのも彼らなのだ。そんな彼らに運転業務を指示したのは大きな間違いだ。結果的に事故はなかったが、事故がなかったから間違いもなかったというわけには行かない。何であろうと過ちは正されねばならない。

更に報道では、この二人の処分を検討しているという。事故列車の運転手は死亡してしまった。次の有力な証人がこの二人の運転手だ。事故車両に欠陥があったというような事がもしあり、それを証言されると非常に不味い事になる。その口を塞ぐためではないか。欠陥は根拠のない想像だが、そうでなくても会社に不利になるような証言はするなとの強要があるのかもしれない。
事故原因究明のためにはこの二人の地位保全が絶対に必要だ。会社側のそう言った強要が無くても運転手側がそう思い込んでしまう事もありうるからだ。その状態で処分の検討は真実を闇に葬る事になりかねない。

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JR福知山線脱線事故の報道姿勢、これで良いのか

GW中どこに行くわけでもなく、普段見ないTVのワイドショーを見ていると脱線事故の話題で食傷気味になってくる。事故の悲惨さを伝え、被害者の怒りを伝え、そして事故の犯人であるJR西日本を叩く。報道として必要な事であるのは間違いないが、なんか引っかかるモノを感じる。

第一に野次馬的になっている事。別に人の不幸を楽しんでいるワケでは無いんだろうが、こんな不幸に自分も家族も遭っていない事を認識して、ある種の幸福感を味わってはいまいか。私自身そう言うところがあるからそれを非難するわけではないが、程々にして欲しいなと思う。報道とは別の「見たい人がいるから」と言うショーの要素でカメラを向けてはいまいか。亡くなった若者がどんな夢を抱いていたのか、そんな事は事故とは別の話だ。それが事故のせいで命を奪われたばかりかプライバシーまで暴き立てられる。そんな事が許されて良いのだろうか。遺族の怒りの訴えでもあるんだろうが脱線とは別の話、野次馬の要求を満たすための報道は程々にしてもらいたい。

第二にJRバッシングが行われている事。事故を起こしたのはJR西日本であるし、そこにJR西日本の安全軽視と疑われる企業体質が有ったのは事実だろう。ミスをした運転手に日勤教育と称して「いじめ」「見せしめ」があったのは事実だろう。日勤教育について言えば現場によって大きな差があったという。「いじめ」「見せしめ」の類もあれば、妥当なモノもあるだろう。それを「日勤教育」=「いじめ」と報道するのは正しくない。正当な部分も不当な部分も全て伝えるべきだろう。どうも「犯人=JR西日本」としてバッシングに走っているように思える。日勤教育報道の偏りはバッシングのためのフィルターがかかった結果だろう。叩けるモノは叩いて日頃の鬱憤やストレスを晴らす。反日デモで起こった日本バッシングに似ている。バッシングして相手が頭を下げれば溜飲が下がる思いで気分が良い。これでは報道が「いじめ」の類になってしまう。
それから、「JRに誠意が感じられない」との感想を報道やブログで良く目にする。突然の事故で誠意が感じられるような発言がされるのであれば、それこそ良く出来た危機管理マニュアルの「お詫びの章」に従ったものだろう。私には虚偽の誠意と映る。実際にはそんな事はない。私の目に映るのは、お詫びと反省と狼狽と自己保身だ。被害者は別として、反論出来ない相手に「誠意が感じられない」と言うのは「いじめ」だろう。

第三にJR西日本が犯人で終わっている事。上でも述べたが、事故を起こしたのはJR西日本であるし、そこにJR西日本の安全軽視と疑われる企業体質が有ったのは事実だろう。それでJR西日本=犯人で終わってしまっている。何故「1分も遅れてはならない」とされたのか、過密ダイヤが編成されたのか、高速化が求められたのか、あまり語られていない。それらを求めているのは我々利用者であり、社会である。経済最優先であらゆる事に高速化、効率化が求められている。JR西日本の企業体質はそう言った日本の、過競争自由主義経済が影響していると思う。それを正す事は容易な事ではないが、少し立ち止まって考えてみる時期ではないか。そんな視点もあって良いように思う。

こちらご参考まで

末筆ではありますが、事故で亡くなられた方々のご冥福と負傷された方々の一日も早いご快癒をお祈りいたします。

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